最近、タイに住んでいる日本の方とLINEで
お話する機会がありました。
「今後、1〜2年は今のような(世界)情勢が続くと思っている」
仕事柄日本と世界中の企業の財務状況や各国の経済、政治などを
常に勉強されている方によるこの予測を聞いて、
きっとそのようになるのだろうとわたしも思いました。
「(国や地域を超えて)自由に行き来
できるようになるのは数年先だろう」
「それまでは国内の生活をいかに楽しむか
というライフスタイルに変わるだろう」
気がつけば、新型ウイルスによる感染症が拡がっている
というニュースを日常生活で目にし始めたのは
ちょうど1年前くらいだったと思います。
それから1ヶ月、3ヶ月、4ヶ月と経つうちに
多くの人が様々な形で苦しみ、命を落とし、
世界中が様変わりし始めることになってしまった今年の春。
それから第一波?二波?などと言っているうちに季節は進んで
感染者の数は全世界で100万人に達した、200万人だ、1000万人だ・・・
と膨れ上がり、あまりの桁の大きにいつしか感覚が鈍ってしまった・・・
今日時点では全世界で5700万人以上の
感染者を数えています。
国内でも一日の新規感染者が1600人を超えて
過去最多と報じられてから10日経たないうちに
今日は2500人超の感染確認とのこと。
去年の今ころ、まさかこのような時代になるとは
全く想像できていませんでした。
でも、年が明けて2月頃には
マスメディアではなく本当のことを伝える時事ブログや
感染対策をがんばる人のブログから情報収集するようになり、
「なんとしてでも罹ってはいけない!!」ということは理解しました。
家族には持病で免疫が下がっているメンバーもいるから
わたしが罹っては絶対にダメ!
未知なことが多すぎるウイルス・・・
苦しい思いをしたくない・・・
わけのわからない薬?全く全容のわからないワクチンに
お世話になんてなりたくない。
それからというもの、できることはしようという思いで過ごしてきました。
自粛。自衛。
この言葉が好きです。
これこそが自分も含め、命と健康を守るカギであり
わたしにできることのうちの1つ目だと思っています。
小中学校の全国一斉休校や緊急事態宣言など日本国内の
社会経済活動が大きく転換し始めたのは春頃だったと思います。
その頃から
「ウィズコロナの時代をどう生きるか」とか
「アフターコロナは常識も生活様式も変わっている」という論調が
すでに主流となっていました。
わたしは「ウィズコロナ」とか「アフターコロナ」という言葉は好きではありません。
日々亡くなっていく人がいて、患者や医療従事者の家族ということで
差別される人も多くいるということもわかってきていて、
「with」とか「after」って一体どういうことを指すのかわからないし
慣用句のように使うのはふさわしくないと思ったし、
受け入れることはできませんでした。
「何が起きているのかなかなか真実がわからない。
でも、絶対に罹ってはいけないということと、
ただただこの変化のときをしっかり見ていたい」
ということは思いました。
これがわたしにできることの2つ目です。
新年度を迎える日本において国の方針は二転三転・・・
緊急事態宣言が出ると、わたしの住む街は田畑が残るのどかな地域なので
散歩やランニングをする人でいっぱいになりました。
生まれ育った地元でこのような光景を見たのは初めてで、
夜は7時半頃になると、街全体が心なしかしーんとしている・・・
そんな風に感じたとき、普段の生活で目にするものが移り変わっていくこの日々を
何も感じずに見過ごしたり悲観的になったりするのではなく
しっかりと見届けていく。それだけはしたいと思いました。
マスク着用の徹底、手洗い・うがいに始まり、
大型ショッピングモールには行かない。
外食は控える。
飲み会は誘われても断る。
スーパーで買ってきたもので丸洗いできるものは石鹸で洗う。
習い事の教室は自粛する。
油断しない。
これらはわたし自身、この変化に合わせるようにして
変えてきたことです。
感染対策に完璧に取り組めているなどということはありませんが、
振り返れば自らの生活もこんなに変わっていたことにビックリします。
今はこれがいいとか悪いとか、何も結論づけることはできません。
ただただ、変化に対して何も思わないのではなく変化を見つめ
激動の時代に生きる一員として今後の人生や人類の歴史に活かしていきたい。
ただ、それだけです。